stockroom|ミニマリズムを「纏う」生き方。

ミニマリストのアンナがお送りする、ミニマリズムを纏う生き方を発信するメディア。

部屋がゴチャゴチャ物で溢れて散らかるのは、心が乱れている証拠。

▼この記事を今すぐシェアする!▼

f:id:aopa-----nda:20190204185504j:plain


 

わたしの父はガス会社に勤務しているのですが、ガス代が滞納してたり払われていない家があると、電話で催促したり自宅に訪問することがあるそうです。

 

そんな仕事をしている父が、ある日の会話でこんなことを言っていました。

 

「期日にちゃんとお金を払えない人たちにはある共通点があるんだ。なんだと思う?」

 

 

 

わたしはしばらく考えましたが思い浮かばなかったので、答えを待ちました。

 

すると父はこう言いました。

 

「期日に支払いができない人のほとんどは、家の中が散らかっていてモノで溢れかえってるんだ」

と。

 

片付けられない=心の余裕がない、という可能性。

公共料金を支払う余裕がない人・滞納する人たちの家は、

  • 玄関にゴミ袋が溜まっていたり
  • 腐った食料が転がっていたり
  • 床にモノが散らかりすぎて足の踏み場がなかったり

する家が圧倒的に多かったそう。

 

わたしは「お金の支払いができないことと、家の中が散らかっていて断捨離できないことがなぜ関係するんだろう?」と疑問に思いました。

 

ひとつ考えたのは、「心の余裕がないから」なのではないか?ということ。

 

精神的に余裕がない

精神的な弱さを、モノを買うことで埋めようとする

しかし余裕がないので、モノを捨てたり片付けられない

その結果、お金も管理できなければ家の中も断捨離できない

 

 

モノを得ることばかりに気を取られて、支払うべきところに支払えなかったり、お金の管理を怠ってしまうのではないか?

 

もちろんすべてのケースには当てはまらないかもしれませんが、こういう可能性は少なからずあると思うのです。

 

 

モノに感謝し、身の回りを少しずつ整理する

日本は昔から「八百万(やおよろず)の神」と言って、山や川、植物やモノなどあらゆるものには神様がいるという考えが浸透していました。

 

少し前に「トイレの神様」という歌が流行りましたが、そういう家のあらゆる場所(キッチンや庭、寝室などなど)の空間にも神様が宿っているから、いつも清潔に、感謝しながら使おうというのが昔の日本人が大事にしていた考え方でした。

 

 

わたしは特に「神様が本当にいるかどうか」と議論したいのではなくて、「あらゆるモノに感謝しながら大事に使う」という姿勢を、現代のわたしたちも大切にすべきなんじゃないかな、と思います。

 

 

モノを支配するように、乱雑に扱うのではなく、ひとつひとつに命が宿っているかのようにモノに対しても丁寧に接する。

 

人間関係と同じように、モノの扱い方も大切にできたら自分の心持ちも気持ちの良いものになりそうですよね。

 

 

たとえばイライラしているときって、

ドアを乱暴にバタン!!と閉めたり

机にものを置くときにドサッ!!と雑に置いたり

そのまま散らかして放置…

なんてことがあると思います。

 

モノの扱いは、自分の心のあり方をそのまま反映していたりもするのです。

 

 

ひとつのモノの裏には、たくさんの人が関わっている

ひとつモノを作るにも、たくさんの人が関わっています。

そして自分たちが生活をするのにも、本当にたくさんの人たちが動いてくれています。

 

モノを作ってくれた人たち、

自然や環境を守ってくれている人たち、

インフラを整えてくれている人たち、

自分が生活するにも本当にたくさんの人が関わって生かされている。

 

ひとつのモノの裏には、たくさんの人が関わっていることも忘れてはいけないこと。

 

 

そのありがたみがわかったら、モノを粗末に扱うことはなくなるはずです。

 

だから、自分が本当に大事にしたいモノだけを持って不要なものはできる限り所有しない。

 

 

 

そういうモノに対する姿勢が、人間関係の接し方や自分の人生の向き合い方にも、最終的に影響してくると思います。

 

 

▼こちらの記事もあわせてどうぞ

関連記事:超簡単な洋服の断捨離方法。ホントに必要な服だけを残す5つのコツ

関連記事:ミニマリスト女子のたった7つの持ち物リスト!ミニマルなバッグの中身を公開